異なる型が、低音の波を作る
複数のアルファイアが同じ音を重ねるのではなく、役割の違う型を押し引きさせます。そこへゴンゲ、カイシャ、ミネイロやアグベが重なり、ナサォンごとに異なるバッキが生まれます。
ブラジル研究会BAND GUIDE / MARACATU10 BANDS PERNAMBUCO / RECIFE / OLINDA
BAND 10 / 10
大西洋を越えた記憶が、ペルナンブーコで行列になる。
このページで中心に扱うのは、レシーフェとオリンダのマラカトゥ・ナサォン(バッキ・ヴィラード)です。王宮行列、歌、打楽器、信仰、地域共同体が一つになり、大西洋を越えた記憶を現在へ運びます。

Maria Eugenia Tita / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons
WHAT IS MARACATU?
マラカトゥ・ナサォンは、王と女王、カルンガを抱くダマ・ド・パッソ、旗を掲げるポルタ・エスタンダルチ、歌い手と打楽器隊などが進む、アフロ・ペルナンブーコの王宮行列です。
植民地期、奴隷にされた人びとや解放された黒人は、ロザリオの聖母をまつる黒人信徒団体を、礼拝、葬儀、相互扶助、祝祭の場としてきました。そこで行われたコンゴ王・女王の戴冠や行列は、現在のナサォンにつながる重要な歴史的要素の一つです。
ただし、古い戴冠儀礼が形を変えず残ったわけではありません。奴隷制廃止後の都市、カーニバル、警察や行政との交渉、アフロ・ブラジル宗教との関係を通じて、各ナサォンが異なる王宮行列とバッキを作ってきました。
多くのナサォンはシャンゴー、ジュレマ、ウンバンダなどの宗教的実践と関係します。カルンガや出発前の務めは単なる舞台演出ではありませんが、信仰、儀礼、楽器編成、役の置き方は団体ごとに異なります。
RECIFE / OLINDA
ナサォンの中心は、ペルナンブーコ州沿岸部のレシーフェとオリンダです。黒人地域、テヘイロ、教会、カーニバルの街路が、王宮行列とバッキの歴史を支えてきました。
レシーフェは大西洋岸の港湾都市で、植民地期から砂糖と奴隷貿易の経済に組み込まれました。ロザリオ教会と黒人信徒団体、アフロ・ブラジル宗教、都市のカーニバルが長い時間をかけて交わり、各地区のナサォンが形を変えながら続いてきました。
ナサォンはカーニバル当日だけ現れる出演団体ではありません。地域で稽古し、衣装や楽器を作り、宗教的な務めを行い、子どもへ知識を渡す一年を通した共同体です。

























地図 © OpenStreetMap contributors。印は一つの代表地点であり、文化の範囲を一点に限定するものではありません。
LISTEN CLOSER
ナサォンの音は、アルファイアを一斉に強く叩くだけではありません。異なる型の重なり、メストリとコーラスの応答、行列の動きまで一つとして聴くと、バッキ・ヴィラードの立体感が見えてきます。
複数のアルファイアが同じ音を重ねるのではなく、役割の違う型を押し引きさせます。そこへゴンゲ、カイシャ、ミネイロやアグベが重なり、ナサォンごとに異なるバッキが生まれます。
メストリがロアを歌い、コーラスが応えます。笛や声による合図で始まり、止まり、別の型へ移るため、歌と打楽器は切り離せません。
王と女王、ダマ・ド・パッソとカルンガ、旗、バイアーナ、打楽器隊が一つの行列を作ります。音は踊りや衣装、祖先の記憶、宗教的な務めから独立した伴奏ではありません。
ROOTS / PLACES / CHANGE
黒人信徒団体と王の戴冠、1851年の警察文書、1930年代の圧力、ドナ・サンタ、沈黙の太鼓の夜、1990年代以降の再編まで、ナサォンが形を変えながら続いた歴史をたどります。
ペルナンブーコの砂糖生産は、強制移住させられたアフリカ人の労働に支えられました。異なる出身地の人びとは、宗教、音楽、相互扶助の実践を植民地社会の中で組み直しました。
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Johann Moritz Rugendas / digital file: Hannolans; contrast: Mladifilozof / Public-domain artwork / digital file CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
黒人信徒団体は礼拝、葬儀、相互扶助、祝祭の場となり、共同体を代表するコンゴ王や女王を選ぶ行事にも関わりました。これが唯一の起源ではなく、後の王宮行列へ結びつく歴史的要素の一つです。

Lais Castro / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
警察関係の文書には、「マラカトゥ」と俗称される黒人の集まりを消滅させるよう求める記述が残ります。1851年は創始年ではなく、すでに存在した実践が権力から問題視されたことを示す記録です。
コンゴ王の制度が変化する一方、王と女王、旗、カルンガ、打楽器を伴う行列は、黒人地域とカーニバルの中で新たな意味を持ちました。各団体は再編、休止、再興を重ねながら独自のナサォンを作ります。
アフロ・ブラジル宗教と黒人の街頭文化への警察圧力が強まる一方、カーニバルの競技化と行政による分類も進みました。ナサォンは抑圧されるだけでなく、審査や制度と交渉しながら活動を続けました。

Clodomir Oshagyian / Public domain / Wikimedia Commons
1947年に女王として戴冠したドナ・サンタは、死去する1962年までMaracatu Elefanteを率いました。宗教的権威と共同体の統率を担い、20世紀のナサォンを象徴する存在として記憶されています。

Lula Cardoso Ayres / Public domain / Wikimedia Commons
1965年、Paulo Viannaによる演劇とマラカトゥの催しから、現在へつながるNoite dos Tambores Silenciososが始まりました。1990年代には黒人運動の批判と参加を経て、Pátio do Terçoで祖先を祀る現在の儀礼へ再構成されました。

Antônio Cruz / Agência Brasil / CC BY 3.0 BR / Wikimedia Commons
黒人文化運動の担い手が既存のナサォンへ関わり、若者や女性の打楽器参加、新しい団体、地域外のワークショップが広がりました。マンギビートも追い風となりましたが、途絶えた伝統を一人で「復活」させたのではありません。
12月3日、Maracatu NaçãoはIPHANによりブラジルの無形文化遺産として登録されました。評価されたのは音だけでなく、王宮行列、宗教、口承知、物づくり、地域共同体を含む文化全体です。

Maria Eugenia Tita / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons
バッキはブラジル国外でも演奏されるようになりました。一方、ナサォンは年間を通して稽古、宗教的な務め、衣装・楽器制作、子どもへの継承を行います。音だけを借りず、誰が文化を担い、利益を得るのかまで考える必要があります。

Dgreusard / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
INSTRUMENTS / ROLES
ここでは、マラカトゥ・ナサォン/バッキ・ヴィラードの代表的な楽器と王宮行列の役を紹介します。名称、調律、リズム型、編成、役の置き方はナサォンや時代によって異なります。

Lionel Baur / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
縄で締めた大型の両面太鼓。異なる役割のリズム型が重なり、押し引きのあるバッキを作ります。

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低く長い鉄製ベル。反復する音型で演奏の骨格を示します。音型と役割はナサォンによって異なります。
Alno / CC BY-SA 2.5 / Wikimedia Commons
響き線を持つ小太鼓。細かな連打とアクセントで、アルファイアの低音に輪郭を与えます。
Alno / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
高く連続する音でリズムの隙間を満たします。名称、長さ、中身、振り方には団体差があります。

っ / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
メストリは声や笛で開始、停止、歌、リズムの変化を知らせます。ロアを先導し、コーラスと打楽器隊を一つにまとめます。

Hans von Manteuffel / Hansfotos / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
ひょうたんの外側に張ったビーズを鳴らします。女性の打楽器隊を象徴する団体もありますが、使わないナサォンもあります。

Dgreusard / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
ダマ・ド・パッソが抱くカルンガは、単なる人形ではなく、祖先、守護、アシェと結びつく存在です。意味と扱いはナサォンごとに異なります。

Maria Eugenia Tita / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons
王と女王を中心に、王子・王女、バイアーナ、従者などが宮廷を形づくります。構成や名称は団体によって異なります。
KEY FIGURES / GROUPS
マラカトゥ・ナサォンは、一人のスターではなく、女王、メストリ、ダマ・ド・パッソ、打楽器隊、歌い手、衣装や楽器を作る人、地域の担い手によって続いてきました。

Lula Cardoso Ayres / Public domain / Wikimedia Commons
ドナ・サンタ
1947年にMaracatu Elefanteの女王として戴冠し、1962年に亡くなるまで16年にわたり団体を率いました。王冠と衣装の象徴だけでなく、宗教的権威、地域共同体、女性の統率が交わる存在としてRecifeの記憶に残ります。
レアォン・コロアード
公式創設年を1863年とする最古級の現役maracatu nação。王宮行列、カルンガ、宗教的実践とバッキを世代ごとに継承してきました。長い歴史を「変わらない伝統」とせず、移転や再編も含む生きた団体として捉えます。

Maria Eugenia Tita / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons
エストレーラ・ブリリャンチ・ド・レシーフェ
1906年創設とされるRecifeのナサォン。女王、メストリ、ダマ・ド・パッソ、打楽器隊など複数の役が王宮行列を形づくります。華やかな衣装だけでなく、地域・宗教・年間の稽古を結ぶ組織です。
ナサォン・ド・マラカトゥ・ポルト・ヒコ
1916年創設とされ、RecifeのPina地区を拠点とするナサォン。宗教的な務め、王宮行列、歌と《Baque das Ondas》など独自のバッキを結ぶ、地域共同体が年間を通して営む文化です。
SONGS TO START
ナサォンごとのロアとバッキを聴ける録音を中心に選びました。《Maracatu Atômico》は伝統的なロアそのものではなく、レシーフェの現代音楽がマラカトゥの音を結び直した例です。
Leão Coroado
メストリの呼びかけへコーラスが応え、gonguêの骨格に複数のalfaiaが重なります。一般的な「マラカトゥの曲」ではなく、Leão Coroadoの系譜と王宮行列を聴く録音です。
曲を聴く →Nação do Maracatu Porto Rico
低音のalfaiaが一斉に鳴るだけでなく、異なる型が押し引きし、歌とコーラスを運びます。ナサォンごとにバッキと合図、音色の組み合わせが異なることを耳で理解できます。
曲を聴く →Nação do Maracatu Porto Rico
三曲を連ね、王宮行列と大西洋を越えた記憶を歌います。地名や語だけで「アフリカから不変に残った」と断定せず、Porto Ricoが現在の共同体で記憶を組み直す実践として聴きます。
曲を聴く →Chico Science & Nação Zumbi
Jorge MautnerとNelson Jacobinaの作品を、alfaia、rock、電子的な質感で再解釈しました。伝統的ナサォンのロアそのものではなく、Recifeの現代バンドが複数の音を接続した例です。
曲を聴く →BEYOND THE SHORTCUT
入口の説明だけで文化を単純化しないために、次の点を押さえておきます。
マラカトゥは「アフリカからそのまま伝わった音楽」でも、「カンドンブレから直接生まれた音楽」でもありません。複数の歴史的要素がブラジルで結び直されました。
マラカトゥ・ナサォンは、打楽器のリズムだけを指しません。王宮行列、カルンガ、歌、踊り、衣装、宗教的な関係、地域共同体を含む文化です。
すべてのナサォンが同じ宗教、儀礼、楽器編成、バッキを持つわけではありません。団体ごとの歴史と実践を一括りにしないことが重要です。
Nação Zumbiは伝統的なMaracatu Naçãoではなく、マラカトゥなどをロックへ接続したマンギビートのバンドです。
AT TUFS BRASIL KENKYUKAI
ブラ研では、マラカトゥ・ナサォンのバッキ・ヴィラードを手がかりに、大太鼓を含む打楽器アンサンブルを演奏しています。本来のナサォンは、演奏だけでなく王宮行列、衣装、信仰、地域共同体を含む文化です。その背景と団体ごとの違いを踏まえて紹介し、演奏します。
FACT CHECK
歴史、人物、文化的背景は、ブラジルの公的文化機関、研究機関、専門資料を中心に照合しました。